津村喬@神戸
「震災後」の声を集める
Part-1
「神の戸が開いた!」「地球が怒った!」
Winter 1996
『震災後の声を集める』は、神戸在住の気功家であり評論家でもある津村喬さんによる、「被災」たちの生の声のアンソロジーです。大震災についてはマスメディアも報じていますが、津村さんのレポートはひと味もふた味もちがっています。Part
1では震災直後から1年間の声を集めました。
1年目の震災ごっこ
voices-1 《記憶》
- 悪夢を見て寝言を言うことが不安や恐怖を減らし、ストレスの解消になっていることが徐々にわかってきた。[大阪回生病院精神神経科谷口医師]
- 今回の震災の場合、見る悪夢は地震そのものとは限らない。子供のころの怖い体験や”怖いモノ”として大抵の人が抱いている泥棒、お化け、火事などを夢に見ることが多い。[神戸新聞95.04.11]
- 子どもたちはままごとの中で「震災ごっこ」を繰り返している。地震当日や直後の水汲みの時期の家庭を再現することで、思いだしたくもないことが平気になっていく。[子どものケアをするボランティア]
- 心のケアというが、どうも子どもたちのほうがたくましい。震災ごっこをやれちゃうからでしょうな。[神戸中央市民病院の小児科医師]
避難訓練も一種の「ごっこ」であり、ロールプレイだが、すでにおこってしまったことも繰り返し演じ返されることで「癒し」になるらしい。
忘れないで直面すること、その意味を問い続けることが、都市の癒しに通ずるのではないか。
- つぶれてから焼けてスカスカになった車を一台、三宮駅前に展示したらいいね。車自体なければすましたいと思うようになるかもしれない。[長田区の教師]
- 阪急三宮駅は残しておきたかった。残しておけば原爆ドームみたいになったのに。[代替バスに乗っていた阪急電車愛好のサラリーマン]
- 倒れた高速道路を残して博物館にすべきだといったが、誰も聞いてくれなかった。イタリアを見てごらん、ピサの斜塔ひとつであんなに観光収入があるんだ。日本生命とか明治生命とかフラワーロード全体が傾いていたらどれだけ名物になることか。[アーティスト]
- とりすました「復興」が進むのを見ると、待てよ、って言いたくなるんだ。火ぃつけてやりたくもなる。もういっぺん廃虚からやろうじゃないかって。[長田区のボランティア]
voices-2 《神の戸が開いた》
- その時ちょうど車で高速を走っていたら、見たこともない強烈な光が南西からやってきて自分を通り過ぎて六甲のほうに行った。光が通る時、自分が透き通ってしまうような気がした。
- 地震で外に飛び出したら、空が赤かった。夜明けかと思ったが、また真っ暗になった。
「神戸は神の戸」と言ったのは出口王仁三郎。そんなこと知っていそうにない人たちがあちこちで「神の戸が開いた」と言っていたのが1月2月だった。
- 星があんなにきれいに神戸で見えるわけがなかった。月があるのに、満天の星空だった。埋まって死んでいる人が星になっていると、ほんとに実感した。[埋まったままの家族の近くで夜を明かした中央区の住人]
- 17日の満月は赤かった。みんなそういっていたよ。[兵庫区、東灘区の複数の住人]
とほうもない自然の「力」にふれて、多くの人が日常持たない神秘的感情をよびさまされていた。むしろその力が自分に分け与えられたような感覚があった。
- 一部に明石大橋の工事の結果地震が起こったという風説が流れておりますが、調査の結果そのようなことはありませんので、お知らせいたします。
神戸市が学者に頼んで記者会見をした。明石大橋は震源地のすぐそばだった。それほどみんなが開発工事のために「地球が怒った」と思いたがった。
- ザマみろ。神戸のやりかたにバチがあたったんだ。
家をなくしてかえってさばさばした、今までのような神戸市ならないほうがいい、とまで言う何人もの人に出会った。必ずしも「負け惜しみ」や「カラ元気」だけではない批評精神があるように思う。
- 5時45分がもう2時間あとだったら5000人の死者は50万人になっていたかも知れないよ。5000人が重くないっていうんじゃないけど、地震のほうで、少しの犠牲で警告してくれた気もする。だからこそそれにこたえた街作りをしないとな、浮かばれないよな。[兵庫区のボランティア]
voices-3 《水汲みの日々》
- あの頃の盛り上がりは何だったんだろう。
- 給水車に並んで始めて隣のマンションのやつと話しした。けっこういいやつで、なんでつきあわなかったんだろと思った
- 給水車に並んで初めてうちの公団にフィリピン、インド、ペルー、カナダなどなどがいることがわかったんだ。
どこのマンションでも、公団でも、新しい「出会い」があった。それは埋められている人を助けるレスキューの時期の助け合いの「次の一幕」だった。
- 全自動洗濯機なんて買うもんじゃないと思った。80リットル要る。あの20キロタンクで4回だぜ。
- 74歳の医師がマンション11階の自宅に水を運び上げる途中、心臓麻痺でなくなった。過労死と見られている。[神戸新聞の記事]
- 神戸全体がアシュラムになったね。アシュラムっていうのはさ、インドのヨガの学校みたいに思われてるけど、朝水汲みから始まってけっこう苦しい生活を進んでやることで人間の原点を取り戻す場所なんだ。だから召使を何十人も使ってるような金持ちでも一年のうち何週間か入って、人間のありかたを忘れないようにするんだ。[インド帰りの音楽家]。
- 自衛隊と初めて仲良くしちゃった。自衛隊シャワー小隊って看板だったけどね。
- 学校にあのくすんだグリーンの車が何十台も乗り付けた時は、ぜったいクーデターが起こったと思ったの。とうとうやったなって。でもあいつら風呂を作ってさ、入ってみたら「湯かげんどうですぅ」なんて女の子が顔出してさ。世界じゅうにお風呂配る仕事したらいいわね。。
- 最初にヤクザが仮設の風呂を用意してくれた。次にほら、自分がシャカだって言ってる某新興宗教がやってきて旗を立ててやっぱり風呂を作ったんだ。どっちに入ると救われるか、だいぶ迷ったよ。
山口組の迅速な対応と救援物資配布は海外でも話題になった。ほんの一時期で目立つことはしなくなった。長田区南駒栄公園でテント暮らしをしていたベトナム人被災者たちは言葉がわからないため自衛隊クーデターを実際に信じて恐怖にかられた。3月、三宮の歩道橋に「自衛隊さんありがとう」という巨大な横断幕が掲げられ、数日で撤去された。誰が出したのか、誰が撤去させたのか、謎である。
- うちに来てた給水車は福岡のだったの。それが来なくなったと思ったら東京の杉並区のが来たのよ。あの中に入ってる水はどこのかなあって思ったわよ。
- 蛇口をひねっても水が出ないようになって初めて、いつもどこの水飲んでるのかなと思うようになった。
- 下水管が寸断されたままですので、汚物を決して流さないでください。[ポートアイランドの公団の貼り紙]
- 大便は新聞紙をまたいでやり、そのままゴミ袋に入れてください。[ある団地の集会所のトイレの貼紙]
- 段ボールってうまくやるといい腰掛け便器になるって、知ってます?
- EMを使ってみたら臭いがぐんと減って、便利だなって思いました。
- 使用後EM溶液をふりかけてください。[東灘区の小学校校庭の仮設トイレの貼り紙]
EMは「有効微生物群」のこと。農業や畜産に評判だが、被災地ではトイレの臭い消しに使われた。熟したフルーツのような臭いに変わっていく。
- 大阪行って女子高校生がトイレで何度も流したりしてるのを聞くと「水をなんだと思ってるんだ」って言いたくなっちゃうのよね。一度自分の便流す水を自分で運んでみたらいいって。[中央区の主婦]
- 水道を一系統しか作ってないことが問題なんです。地元の水も全部まぜてしまってね。六甲の水は飲み水だけならほぼまかなえるだけあるんです。これでひとつ蛇口を作る。琵琶湖淀川から引っ張ってる水は洗濯機とかトイレとかの生活用水にする。こうすると今みたいに大量の塩素を入れないですむんです。六甲の水はまあまあまだきれいだからわずかの殺菌でいいし、淀川のほうは生活用水にするならそんなに塩素水にしなくていいし。片方が途切れても片方が無事という場合もあるし。水道を再編するいい機会だと言うんですけど、誰も関心がないですわ。今は飲み水だけじゃなくて料理の水までボトルで買ってる人が多くなってるでしょう。こんなん異常ですわ。水道飲める状態を回復しないと。[某市議]
- 水が出るようになったら、隣の人と話さなくなった。見えないぬるっとしたカプセルみたいなものに私も相手も包まれたみたい。[西宮の主婦]
- 毎年1月17日からの1週間水道を止めたらどうだろう。交通信号を止めるのはちょっとやばいかも知れないから。[灘区のタクシー運転手]
一周年で1分間電灯を消すなんて言ってるけど、1週間水道を止めてみたほうがいいような気がする。メモリアル・ウィークの「震災ごっこ」である。(文・津村 喬)

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